合気上げの原理

武術の技の中に、腕を掴まれた状態で肘を曲げて相手を持ち上げる「合気上げ」という技があります。

 

私は、武術を習ったことがなく詳しいことは分かりませんでしたが、そのような私が合気上げのことを知ったのは、指圧の学校に通っていた時です。

 

同級生の中に合気道をやっている人がいて、その人からその技を教えてもらった経験があり、その時に知りました。

 

その同級生は、武術をたしなんでいるだけあって私よりも体格も大きく力もありました。

 

その彼が、「僕が腕を掴むから僕の腕を持ち上げてみて」と言ったので、やってみてもびくともしませんでした。

 

そうして彼が、「今度は、僕の腕を両手で掴んでみて」と言ったので、体重をかけてしっかりと掴み持ち上げられないようにしていると、彼の肘が曲ったと同時に私の体が持ち上げられてしまうではありませんか!

 

私の体が小さいといっても、片手で私の体を持ちあげることなど、普通に考えればできる訳がありません。

 

その技を受けた当時、とても不思議に思いました。

 

なぜかと言いますと、確かに彼は体も大きく力も強そうなのですが、その技を受けた感想は、強い力で持ち上げられるような感じではなく、訳の分からないうちに持ち上げられたという感じで持ち上げられたからでした。

 

その彼いわく、「これは、合気上げという技で、脱力して伸筋を使った技法なんだよ」と教えてくれました。

 

そのように説明を聞いて、さらに不思議に思ったことが、「腕を曲げていなのに、なんで伸筋なのだろう?」ということでした。

 

腕の伸筋は腕を伸ばすときに働きますので、「腕を曲げると屈筋が働くはずなのでは?」

 

その当時は、その技がとても不思議に思えました。

 

ただ、その技が相手の体勢を崩すことが目的とその彼が言っていましたので、その技を再び受けた時に一つ工夫して受けてみました。

 

腕を押さえつけようとせずに、脱力して掴んだ状態で技をかけてもらうと腕はスーと持ち上がりましたが、私の体勢は崩れません。

 

その彼は、「してやられた」という顔をしていました。

 

腕は持ち上げられてしまいましたが体勢を崩すという目的は実行させなかったので、とりあえず引き分けというところでしょうか(苦笑)

 

しかし、結局、その技の正体を掴むことはできませんでした。

 

あとで知ったのですが、この技は、技というよりも体を作るための鍛錬法のようなものだったみたいで、しかし、その技はできる人が少ない秘技だったようです。

 

武術を熱心に行っている人でも難しい技を素人が理解できるはずもありません。

 

しかし、その技が与えたインパクトはとても強く、長年疑問に思っていました。

 

その数年後、ふとしたことから合気上げの原理と同じではないかと思う動作を行っていることに気がついたのでした。

 

それは、仕事で患者さんを車椅子に移動させる動作です。

 

その時、患者さんの両脇を両手で支えるようにして腕だけで持ち上げるようにして移していました。

 

人の体は重いので、普通に考えれば体全体を使って抱えなければいけないように思うかもしらません。

 

事実、はじめのうちはそのようにして移していました。

 

ですが、自然に腕を曲げるだけで持ち上げるような移し方になっていました。
(もちろん、かかえるように持ち上げなければいけない人もいましたが)

 

その時に動作が、合気上げの動作に似ていたので、
「もしかしたらできるかも」
と思い、知り合いの男性数人に試してみました。

 

そうしたら、おもしろいぐらいかかるではありませんか!

 

最初のうちは、強くかかり過ぎて大きく体勢が崩れそうになったので、「これは大変だ」と思い、体勢が崩れる寸前で技を止めるように工夫しました。

 

かけられたほうは、不思議がっていました。

 

しかし、できるようになっても、なぜできるようになったのか理解するまでに、また数年かかりました。

合気上げの正体

私が病院に勤務していた頃、患者さんをベットから車椅子に移す動作から「合気上げの原理と同じではないか」と気がつきました。

 

そして、体の感覚が強くなるにつれて、その原理が理解できるようになったのです。

 

その原理を解明したので、誰にでも教えることが出来るので!と思い、家内にそのコツを教え、実際に合気上げをやってもらいました。

 

すると、できるようになったではありませんか!

 

ちなみに、家内は武術の経験などなく、それどころか運動嫌いの部類の人間です。

 

運動嫌いの家内も面白かったのか、はまってしまい、勢いあまって投げられるありさまでした。

 

受けるほうは体重をかけて受けるので、上腕三等筋という二の腕の筋肉がパンパンに張ってしまいます。

 

この技は、力を抜いて掴むとかからないので、受けるほうは力いっぱい掴むことが条件になります。

 

この技が「鍛錬法というのは、そういう意味だったのか!」と実感しました。

 

家内に伝えたのは、

  • 肘を曲げる

ただ一つのことです。

 

実は、肘を曲げれば誰にでもできます。

 

お客様に「腰から上の荷物の持ち上げ方」を教えた時の画像があります。

 

その方は、そのコツを一度伝えただけでできるようになりました。

【合気上げ(画像)】

合気上げの原理

 

実は、合気上げで行われている動作というのは、「物を持ち上げる」という普段の生活で行なわれているごく普通の動作と同じ原理なのです。

 

「物を持ち上げる」という動作は、肘を曲げることで瞬間的に物の重心を動かして手前に引き上げる運動です。

 

合気上げも同じで、肘を曲げることで掴んでいる人の重心が引き寄せる運動だったのです。

 

ただ、腕を掴まれるということが非日常的なだけで「できるはずがない」と思ってしまうものです。

 

合気上げをかけた瞬間、掴んだ人の重心は予測に反して前方向に引き上げられるよう移動するので倒されないように姿勢反射が働き、つま先立ちになります。

 

そして、掴まれた側の肘が曲がることで掴んだ手が上に上がり、今度は掴んだ人の重心が後ろに移動するため倒れないように姿勢反射が起こり、体がのけ反ってしまいます。

 

のため、合気上げがうまくかかると、掴んだ人の体がのけ反った姿勢でつま先立ちになってしまいます。

 

「合気上げをかけられて瞬間に手を離せばいいのでは」と思うかもしれません。

 

ですが、そのような状態になると、かけられた人は自分でバランスを取ることが出来なくなります。

 

その結果、掴んだ手を離せません。

 

いうなれば相手の腕が体を支える杖の替わりになってしまうという自分では重心をコントロールすることができない状態です。

 

合気上げという技は、相手の予測した力とは違う方向に力を加えることで、瞬間的に重心を動かして不安定な状態を作り、手を離せない状況を作る技だったのです。

 

そのような状況下で技をかけられたら、その後の動きを掴まえた人に依存するしかありません。

 

訳の分からないまま掴んだ手を持ち上げられるので「神秘的な技」のイメージがありますが、実は物理的原理が日常で行われている動作と同じだとは思いもしませんでした。

 

原理が分かれば「なんだ」と思いますが、まさにコロンブスの卵です。

 

生理学や運動学を知らなかった時代に、この原理を利用した人は「正直すごい!」と思います。

 

この原理を認識して日常生活に上手に利用すれば、体に負担のかからない合理的な動作が行うことができるのでは!と思うのです。

 

ここで、一つの疑問に思ったことがあります。

 

それは、そもそも「物を持ち上げる動作とは、どのような原理なのだろう?」という疑問です。

 

そこで、「物を持ち上げる動作」について考察しました。

人の可能性を妨げる先入観

そもそも人が物を持ち上げることができるのは、物を自身の体に引き寄せることで自分の体の支持面の中に入れるからです。

 

もし、体の重心が体の支持面から離れてしまうと人は倒れてしまいます。

 

そうならないのは、重心が体の支持面から離れないように体を動かして調整しているからです。

 

物を持つということは、物の重量を自身の体重に加算することです。

 

ですので、物を持ち上げることで体重心の位置が変わり、体の重心が体の支持面から離れてしまいます。

 

そうなると体を支えることができなくなるので、持ち上げたものを体の支持面の中に入れる必要があります。

 

それが、物を持ち上げる時に体に引き寄せる大きな理由です。

 

ただ、物を持ち上げる時、体の重心が支持面の外に動くのでは?と思うかもしれません。

 

確かに、その通りです。

 

そこで、持ち上げる物に上向きに働く力を加えることで物の見せかけの重量を0にする必要があります。

 

地球上で物を動かすということは、上方向に働く力(運動エネルギー)を加えて物の見せかけの重量(位置エネルギー)を一時的に0にすることです。

 

その上方向に働く一瞬の力が、物を持ち上げるために必要となります。

 

腰から上にある物を持ち上げる時、肘を曲げるように持ち上げると、体に引き寄せながら持ち上げることができます。

 

運動学では、関節の構造から「肘を曲げるのは上腕二頭筋が収縮する運動」と解釈されています。

 

ですが、上腕二頭筋の収縮する力だけで肘を曲げているのではありません。

 

実は、物を持つ手の小指側を支点に、物を持つ手の人差し指側を作用点とし、肘を曲げる時に肩甲骨を含む腕全体の重さによって下に下がる運動エネルギーを力点とすると、第1種の

テコ(作用点‐支点‐力点)の働きによって、持っている物に上方向の力が働きます。
(持つ物の形態によって支点と作用点は変わります。)

 

このように、前腕部(肘から先)をテコの棒として物を持ち上げる時、支点と力点が離れる

ことで大きな力を出すのに適したテコになります。

 

このテコの力が、物を持ち上げる時に用いられる上向きに働く力の正体なのです。

 

それと同時に、上腕二頭筋が収縮して肘が曲がる力によって手前の方に引き寄せられます。

 

上方向に働く力と手前に引き寄せる力との合力で斜め上に引き寄せる力が生じ、その力によって物を手前に引き寄せて持ち上げることができるのです。

 

合気上げも物を持ち上げることと同じ原理なのですが、合気上げの場合、相手の掴んだ手首の手前(橈側)が支点になり、相手の掴んだ手首の先(尺側)が作用点となるところが異なるだけです。

 

物を持ち上げるという日常的な動作と合気上げなどのような非日常的な動作が同じ原理で行われるとは思わないものです。

 

ですので、はじめて合気上げを受けた時、腕を掴まれた状態で体を持ち上げることなどできるはずがないという先入観と、そのような状態で体を持ち上げられるはずがないという先入観がありました。

 

このような先入観によって、可能性の芽を摘まれているケースがとても多いように思います。

 

先入観を払拭して違う視点に気がつくことができれば、身体をフルに活用することができるようになります。

 

そういう意味では、「身体に秘められた可能性がある」と思うのです。