合気上げは、武術の技で相手に腕を掴まれて状態から肘を曲げて相手を持ち上げて崩すものです。
私自身、武術の経験はないのですが、ちょうど2000代前半、指圧の専門学校に通っている時に同級生で武術を嗜んでいる人にかけてもらったのがきっかけで知りました。
その当時、とても不思議でなりませんでした。
「腕をがっしり掴んでいるのに、どうして簡単に持ち上げられてしまうのだろう?」
その同級生は武術をやっているだけあって体格もあり力もありそうな人でしたが、しかし、力で持ち上げられた感じではなかったのです。
「持ち上げられないように」と頑張ってみたり、かけられる瞬間に手を放そうとしてみましたが、かけられると同時に自分の体勢が崩れてしまい、手を放そうと思っても離せません。
学校で解剖学や生理学なども勉強していたのですが、「なんでだろう?」と不思議でなりませんでした。
解剖学的には、肘の関節を曲げるには第3のテコの原理が働き、筋肉の力の数分の一の力しか出せないようになっていると言われているからです。(第3のテコとは、支点の近くに力点があって作用点が遠くにあるテコで、力よりもスピードを出すのに適しています。)
なので、いくら体が小さくて軽い私でも体重をかけて押さえつてしまえば持ち上げることはおろか、腕を曲げることなどできる訳がありません。
しかし、それどころか、いつ力を加えられたか?気が付かないうちにいつの間にか持ち上げられてしまいました。
この同級生が
「この技の目的は、掴んできた相手の体勢を崩せるか」
ということだと言ったので、
何回も受けているうちに
「持ち上げられるのは仕方ないから、せめて自分の体が崩されないようにだけしよう」
と思い、
掴んだ腕に体重をかけないようにして力を抜いて掴んでみたら、腕は上げられましたが体勢は崩されなくて済みました。
その同級生は、ちょっと苦笑いしていました。
ある意味、この技の目的を果たすことを阻止できたからでしょう。
しかし、完全に封じることはできませんでした。
逆に、私がこの技をやってみても、まったく掛けることができませんでした。(当たり前ですが)
この合気上げという技の正体を知りたいという好奇心に駆られていきました。
合気上げを掴んだきっかけ
身体動作のメカニズムについては当時から関心がありましたので、さっそく合気上げについて調べてみることにしました。
よくよく調べてみると、達人が行う秘技だとも言われているみたいです。(もっとも、その同級生自身は「自分は達人なんかじゃないよ。」と言っていましたが)
今でこそ、インターネットで「合気上げ」を検索すれば、すぐに調べられます。
そして、多くの達人の方々がご丁寧にマスターの仕方まで動画にUPされている良い時代です。
その当時(2000年前半)、インターネットで検索することを知らなかったので、本などを調べましたが、あまり載っていませんでした。
載っていたとしても観念的な言葉で書かれているものや、疑似科学的に書かれているものなど、本質的に理解できるような書物とは出会うことができず、調べれば調べるほど謎に包まれている感じがしました。
指圧の専門学校を卒業して「あん摩マッサージ指圧師」の国家資格を取ったのち、地元に帰り、病院で勤務することになり、患者さんの機能回復のためのリハビリの仕事をすることになり、合気上げとはまったく縁がなくなりました。
今でこそリハビリは理学療法士の資格を持った方がメインで行っていますが、私が病院で勤め始めた頃は理学療法士さんの数が少なく、マッサージ師がリハビリの仕事を担っていました。
リハビリのことを覚えることで必死になり、いつしか「合気上げ」のことは忘れてしまっていました。
月日が流れ、リハビリの仕事にも慣れた頃、立つことのできない患者さんをベットから車いすに移していた時、ふと「この肘の使い方、合気上げと似ている」と思い出したのでした。
患者さんを座らせた状態から前かがみの体勢になってもらうと同時に自分の肘を曲げると力を使わずに患者さんの体がフッと持ち上げることができます。(もちろん、人によってはこのような持ち上げ方はできませんが)
知らないうちに、肘を曲げただけで楽に持ち上げる方法を身に着けていたのです。
しかし、よくよく考えたら不思議な持ち上げ方です。
なぜならば、腰を落として体を抱きかかえるようにして持ち上げることが基本だからです。
「脇を軽く掴み前かがみになってもらってから肘を曲げる」
これだけの動作で楽に持ち上げることができるのか?
この方法を使えば「合気上げ」できるかも!
と思い、さっそく知り合いに協力してもらい合気上げができるか検証してみました。
そうしたら、面白いように技が掛かるではありませんか!!
(ただ、体勢を大きく崩すと危ないので、崩れる手前で力を加えるのをやめるように心がけました)
受けてもらった知り合いも「なんで???」と驚いていました。
破られることで知った合気上げのコツ
しかし、しょせん素人の行うこと、ある人に技をかけようとしたら初見で見事に封じられてしまいました。
それは、ボクシングの元オリンピック選手でとても勘のいい方です。
どのように封じられてしまったかと言いますと、手首のあたりと肘の近くを掴まれてしまったのです。
そうしたら、面白いうようにかかっていた技がかからなくなってしまいました。
私も合気上げができるようになりましたが、この原理についてはまだ理解していなかったので、なんでかけられないだろう???
知らない技の急所をとっさに掴むところが、流石元オリンピック選手!
試しに、両手で手首を掴んでもらったらいつものように掛けることができました。
このことから
「この技の急所は肘だ!」
とわかったのでした。
合気上げのメカニズムについてまだ解明しきっていませんでしたが、ポイントを知ることができたので
「やり方を教えることができるかも!」
と思い、帰ってすぐに家内にコツを教えてやってもらいました。
すると、すぐにできるようになったのです。
その他にも、合気道を習い始めた知人にも教えたりしたりしながら、このメカニズムについて検証していきました。
これが、ちょうど脱力調整法「大田式調整動作®」の原型を考案して始めた頃でした。
大田式調整動作®のワークを確立させた、おおよそ3年後にやっと合気上げのメカニズムを解明することができました。
このメカニズムとは、日常生活で行っている「ある動作」とほぼ同じだったのです。
合気上げの原理
その動作とは、腰より上の物を持ち上げる動作です。
腰より上。
例えば、机に置かれた荷物を持ち上げる時、脇を締めて肘を曲げると楽に持ち上げることができます。(ただ、体の使い方を知らない人は脇を開けて肩に力を入れて持ち上げようとしてしまいますので注意が必要です)
しかし、人という生き物は、「この時はこの動作」という1対1の方法で覚えようとしてしまうため、同じ原理で行える物事も、まったく異なる物事として解釈してしまいます。
なので「人から腕を握られた状態で合気上げを行うこと」と「物を持ち上げること」が同じ原理であることに気が付きません。
さらに、他人から腕を握られてしまった時、握られたところを意識してしまいます。
これは、腕を握った人も同じです。
基本的に握られた状態で体を持ち上げることはできません。
なぜかと言いますと、人は力の出処にすぐに察知して力に対して反応することができれば、その動きに対応して自身の重心をコントロールすることができるからです。
ですが、握られた人が握られたところ以外の箇所に意識を向けて持ち上げれば、握っている人の予測がはずれてしまい、その動きに反応できず、重心を崩してしまいます。
重心が崩れてしまえば、あとは自分の体の方に引き寄せれば持ち上げることは簡単にできます。
その理由は、「上からガッシリ捕まえる」という姿勢が、すでに掴んだ人に体重を預けた不安定な姿勢だからです。
立った状態で上から握られても腕にかかる力(重み)に体重の数分の1しかかりません。
なので、いくら体重が重い人でも重心を崩して持ち上げることは容易になります。
合気上げをマスターしたいのであれば、まず、合気上げという技の本質である「物を持ち上げる動作の原理」を知る必要があります。
ですが、合気上げのコツを知ったからといって合気上げのできる人に合気上げを行おうとしても、おそらくかけることができないでしょう。
なぜなのか?
それは、力の出処を知っているからです。
力の出処がさえ分かれば、重心を巧みにコントロールして崩されないようにできます。
なので、合気上げのできる人に対して合気上げで体勢を崩そうと思うのであれば、上体を前かがみにさせるように掴ませることです。
そして、力の出処を悟られないようにすることです。
そして、合気上げのできる人の合気上げを破ることです。
そのためには、合気上げの破り方を知る必要があります。
合気上げを習得するために必要なこと
私は、武術を嗜んでいない素人ですので、武術のことはまったく知りませんが、身体動作という観点から、合気上げには身体の奥深さと身体動作の本質があるように感じています。
合気上げの基本的な方法は、日常生活の中で行われている動作です。
なので、まず、ガッシリと握られた状態であれば、力の弱い女性でもできます。
もし、できないのであれば、刷り込まれた先入観に囚われて、体を硬直させてしまっているからです。
刷り込まれた先入観を払拭するためには、
まず、
- 合気上げのメカニズム(物を持ち上げる動作の原理)を知ること。
そして、
- 合気上げの破り方(自身の重心)についてを知ること。
- 重心をコントロールすること
そうすれば、合気上げという技の本質が見えきます。
どんな摩訶不思議な技であっても身体動作である以上、必ず「物理の法則」に従っています。
ですが、多くの人は体を緊張されて頑張って力を出そうとしてしまい、物理の法則を掴めないでいます。
物理の法則に従った合理的な身体動作を行うために必要となるのが、脱力トレーニングなのです。