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思い込みや先入観が上達を阻む現実

今の世の中、動画サイトを見ているとさまざまな分野の人が投稿し、情報を発信されています。

 

それまでは、本やビデオを購入してはじめて得ていた情報が、今や専門的に行なっている人達が、惜しげもなく貴重な情報を発信している良い時代だと感じます。

 

その反面、情報の価値が低くなるというデメリットがあるように思います。

 

もちろん情報を流すことで、自身が行なっていることを知ってもらえる良い宣伝になるというメリットはあるとは思います。

 

これによって、20年前などに比べて、得られる情報が膨大になっており、情報を受け取り処理する能力が求められるようになったとも言えます。

 

ある意味、情報の精査を行うための目がなければ、情報に振り回されてしまうと思います。

 

例えば、同じ作業を行なっていて、見た目もほとんど同じように見えるのに、実際は全く違うことが行われていたというものも目にします。

 

このように思ったのは、動画サイトのオススメであがってきた2つの動画を見比べた時でした。

上達には時間がかかるもの

最近、武術系の動画を見ていたので、武術の動画がおすすめに上がってきます。

 

その中に、居合?抜刀術?の動画サイトがあり、興味があったのでサイトを見てみました。

 

そのサイトは、武術系?身体操作系?では人気があるサイトのようで、多くの視聴者さんがいらっしゃいます。

 

その動画で、投稿者が抜刀術の先生から日本刀で藁(わら)の斬り方を教わっていました。

 

その藁の斬り方が、素人目には、とても難しそうな技でした。

 

はじめに左斜め下より斜め上に切り上げ(逆袈裟斬り)、すかさず右斜め上から斜め下へ切り下げる(袈裟斬り)という素人では考えられないことです。

 

何が難しそうに感じのかと言いますと、藁は固定させているのですが、逆袈裟で斬ってしますと藁が宙に浮いた状態になります。

 

その浮いた藁を袈裟斬りで斬るのですから素人ではできない芸当です。

 

まず、その先生がデモンストレーションを行い、そうしてから投稿者の人に行なってもらうという流れで行われました。

 

投稿者の人は、逆袈裟斬りはできても、それによって大きく動いた藁に対して袈裟斬りにすることは、何回やってもできませんでした。

 

その投稿者の方が

「奥が深いですね」

と言うと、その先生が

「簡単にできないから練習するのですよ」

というように言っていたと記憶しています。

 

それを見て、私も

「道を極めるというのは時間がかかるものなのだな」

と思って見ていました。

上達するために必要な技術

ところが、後日、ある動画サイトがおすすめにあがってきたので視聴しました。

 

そのサイトは、武術系でも身体操作系のサイトではなく、企画の中で投稿者がゲストの先生に抜刀術を習うというものでした。

 

そして、内容も、先に見た武術系?身体操作系?の動画で行われていた「逆袈裟斬りから袈裟斬り」を行なうものでした。

 

まず、その先生が手本を見せます。

 

その先生の行う藁の斬り方は、先の動画の先生の斬り方とは違っていることに気がつきました。

 

実際に投稿主に行なってもらうのですが、はじめは上手く斬ることができません。

 

ところが、その投稿主は数回練習、実質数十分の練習でマスターしてしまったのです。

 

先に見た動画サイトの投稿者は動画の最中で斬ることができなかったのに、今回の投稿者は、あれよあれよというままに習得していくのですから驚きです。

 

その先生も「正直、もう少し時間がかかると思っていた」とは言っていましたが、時間をかけてマスターするものではないという認識ではあったみたいです。

 

私は、日本刀など握ったことがないので抜刀術など全く知りませんが、身体の動作を見る目は備わっています。

 

先に見た動画と後日見た動画の斬り方の違いは理解でき、それぞれ教えた先生方の斬り方が大きく違っていました。

 

もちろん、一見すると同じような斬り方です。

 

ですが、その身体動作の構造は大きく異なります。

 

先に見た動画の先生はスイングするように斬っていました。

  

その証拠に、先の動画の先生が逆袈裟に斬った時、藁が少し動いていました。

 

それでも先生は、動いた藁を見事に斬っていました。

 

それに対して、後の動画の先生は刀の構造を利用した斬り方だったのです。

 

その証拠に、後の動画の先生は、逆袈裟に斬っても藁がほとんど動きません。

 

同じように、教えられた投稿主も逆袈裟に斬っても藁がほとんど動かず、袈裟斬りを決めることができました。

 

それぞれ、教わる先生によって斬り方が変わるのは当たり前ですが、ここまで顕著にでるとは驚きです。

 

このような違いが生じるのは、身体動作の違いによるものですが、どのような違いなのでしょうか?

同じで動作でも異なる身体動作の原理

ここで、身体動作的な見地で比較して見ました。

 

先の動画の先生は、股関節を軸に骨盤を回転させて刀を振るような斬り方で、体重移動を利用した運動連鎖による斬り方です。

 

これは、バットやゴルフで使われる身体動作です。

 

この振り方は、骨盤を回転させることで刀に慣性モーメントが働きます。

 

慣性モーメントというと難しいですが、俗に言う遠心力です。

 

ゴルフやバットのように遠くへ飛ばすためにはスイングによる身体動作は必須です。

 

ですが、連続して斬る必要がある斬撃には向かないように考えます。

 

その理由は、2つあり、

 

1つ目は、遠心力が加わることで、斬った藁に飛ばす力が働いてしまうことです。

 

先の動画の先生の藁が動いてしまうのは、そのためです。

 

2つ目は、日本刀は1キロぐらいと重く、遠心力が強く働いてしまうため、刀を振り終わった後に、次の動作を行いくいことです。

 

その証拠に、バットやゴルフのクラブを振ると必ず体が止まります。

 

そのため、連続して斬るような動作には向きません。

 

先の動画の先生は、体が大きく力も強く、鍛錬をしているので、遠心力に負けずに、うまく斬ることができるのでしょう。

 

ですが、先の動画の投稿者は、そこまで大きな人ではなかった上に、刀で斬ることにも慣れていないので、刀にかかる遠心力を制御できず、次の袈裟斬りを放つことができなかったと考えられます。

 

このような理由から、先の動画の投稿者はマスターできなかったのでしょう。

 

それに対して後の動画の先生は、膝や股関節の力をスッと抜いて刀を動かす切り方で、身を沈めて膝を曲げる運動連鎖による斬り方です。

【参考記事】荷重と抜重について(垂直抗力・床反力)

 

このような身体の使い方は、物を速いスピードで投げたり、振ったりすることは苦手ですが、重い物を素早く動かすことに適しています。

 

この動作は、

  1. 脚の力をスッと抜くと同時に抜重して腕を動かす
  2. 脚の伸張反射を利用して荷重と同時にインパクト

することで、大きな力を生み出します。

 

このことで、刀にかかる遠心力が少なくてすみ、連続した斬撃を行いやすくなります。

 

後の動画の投稿者は細身の体でしたが、見事に成功させることができたのは、そのためです。

 

もし、スイングのような斬り方では刀の慣性力を制御することができず、刀を振ることすらままならなかったかもしれません。

身体操作よりも大切な意識

ここで、誤解をしてはいけない点があります。

 

先程、身体動作の面で解析したのは、あくまでも現象として現れた動作ものであり、その動作どおりに身体操作をすればいいということではありません。

【関連記事】

それよりも大切なことは、物の動かし方です。

  • 道具を使うものであれば、道具の持ち方と道具の軌道
  • 手指を使うのであれば、手指と対象物との位置関係

が何より大切になります。

 

そして、刀で藁を斬る場合「どのようにして藁を斬るのか」という意識の違いが身体動作の違いを生み出します。

 

このことで、刀の軌道が変わり、刀を扱う身体動作も変わります。

 

決して、身体を操作して藁を斬るのではありません。

 

ここで、重要となるのが、刀の構造を踏まえることです。

 

刀は重くて振り回せない反面、触れさえすれば斬ることができます。

 

これは、刃が硬く鋭く、そして刃の表面を拡大するとギザギザになっており対象物を擦るだけで切断できるようになっているためです。

 

実際、包丁で食材を切る時も大きく振り回さずに切ることができます。

 

このように刃物は、押しながら斬る。もしくは、引きながら斬る。ようにしたほうが効果に斬ることができます。

 

ただ、日本刀には反りがあるので、振り回しても対象物を擦ることができ、切断することが可能です。

 

なので、先の動画の先生は、骨盤を回すような動作で斬っているのでしょう。

 

ですが、遠心力を制御するために、一瞬、動作が止まってしまいます。

 

これが武術が忌み嫌う「居着き」です。

【参考記事】武術が予備動作を嫌う訳

 

このことが、動画の袈裟斬りを難しくする理由でもあります。

 

それに対して、後の動画の先生の斬り方は刀の構造に適った動作だと言えます。

 

刀を傷めないような軌道で刀を動かすことで、結果的に股関節を抜く身体動作を行なっていたのです。

 

後の動画の投稿者は、刀を傷めないような軌道と、それに基づいた腕の形を教えてもらえたから、難しそうな逆袈裟斬りからの袈裟斬りの成功させることができたのだと思います。

確かな情報を手にするためには

これら2つの動画を見比べて思ったのが、同じことを述べた情報であっても、その構造が全く異なるということです。

 

私も、先の動画しか見ていなければ、先の動画の先生の斬り方が正しく、習得に時間をかけるものだと思っていました。

 

物事を上達させるためには、時間をかける必要があるのは確かです。

 

しかし、後の動画を見て、ただ時間をかければ良いという訳ではなく、その技術にあった理合いを踏まえる必要性を改めて実感しました。

 

ただ、安直に「短時間でマスターできる」という触れ込みに流されてしまうのとは違います。

 

理合いを知り、習得し、それを磨き上げるために必要なのが時間です。

 

もし、後の動画の投稿者が先の動画の先生に習っていたら、数十分どころか数年かかっても習得することはできなかったと思います。

 

ちょっとした情報の伝達の方法の違いだけで、数十分が数年かかる、もしくは一生できないということもあり得ます。

 

これは、決してオーバーな話ではありません。

 

特に、似て非なるものであれば尚更です。

 

これは、おそらく武術の世界だけではないでしょう。

 

以前に取り上げたボイストレーニングの世界でもそうですし、私がいる整体の世界でもそうです。

 

あと、世間で常識だと言われていることだってそうです。

 

数十年前の常識が今では間違えだと言われていたり、大昔の常識が数十年前は否定されて現代になって再認識されることだってあります。

 

もしかしたら、今騒がれているものだってそうかもしれません。

 

情報を得ようとする時、多くの人が支持した情報が正しいと認識すると思います。

 

多くの人が支持する情報は、間違えが少ないことは確かです。

 

しかし、それが自分自身にとって最適だとは限りません。

 

現に、先ほど述べた2つの動画サイトのうち、先の動画サイトは視聴者が多く、後の動画サイトは視聴者が少ないサイトでした。

 

このように、支持する人の少ない情報の中にも、自分にとって最適な情報が含まれているケースも多くあります。

 

「多くの人から支持されているからといって確かな情報だ」

と鵜呑みにして信じるのではなく、

他の情報も見て、その差を認識することも大切なのではないかと思った次第です。