武道やスポーツなどでも体が大きい人が優位であることは事実です。
体が大きければ、相対的に体重があり、力が強いからです。
もちろん、体重や力だけで勝敗が決まることはありませんが、基本的に体重や力は優位に働く大きな要素になります。
それに対して、合気道や武術では
- 力を必要としない
とか
- 脱力が大切
だとかと言われています。
ですが、「力の強い人や体重の重い人には技をかけることができない」とも聞きます。
「やっぱり力が強かったり、体重のある人には敵わない」ということです。
ただ、これは脱力について大きな勘違いをしているからです。
脱力の意味
- 力の弱い人や体重のない人は「脱力する」ことが難しく
- 力の強い人や体重のある人は「脱力しやすい」
という事実があります。
これは、力が強かったり、体重がある人の方が「脱力が上手」ということです。
脱力系の技が、力の強い人や体重のある人にかかりにくいのは、そのためです。
- 脱力と筋力
一見すると相反するように思えるかも知れません。
ですが、そうではないのです。
そもそも、人が動作を行おうとする時、例外なく筋肉が働いています。
なので、筋肉を働かせずに力を出すことなどできません。
ここで言う「脱力」とは、完全に力を抜くことではありません。
主動作筋と拮抗筋の同時収縮感覚をなくすようにすること
すなわち「力み」なくすことが「脱力」なのです。
「力み」とは、目的の動きに対して働く主動作筋と拮抗筋とが同時に働いてしまう現象のことです。
言うなれば、ブレーキと同時にアクセルをふかすような状態です。
それに対して脱力とは、拮抗筋の働きを働きを抑えることで主動作筋の収縮力を骨の動きに反映させられる状態のことです。
言うなれば、ブレーキをゆるめアクセルをふかしてスピードを上げるようなことです。
なので、脱力した状態であったとしても筋肉の力が使われていることに変わりありません。
ですが、脱力した状態の時、「力み」がなくなるので筋肉の収縮感覚が生じません。
このような状態のことを、「力み」に反して「脱力」と表現するのです。
そして、筋力とは筋肉の収縮力のことではありません。
- 骨を動かす力
のことです。
と言うことは、単純な筋収縮力だけを上げようとしても筋力を高めることができないことを意味しています。
そう、筋力を高めるためにも脱力が必要なのです。
力の強い人は脱力上手?
基本的に、力の強い人は脱力上手です。
力が強いから脱力できるのです。
脱力系の武術などを行なっている方が聞いたら???と思われるかも知れませんが、これが現実です。
どのようなこと?かと言いますと、筋出力の高い人や体重の重い人の方が「力み」にくいのです。
例えば、キャップを回すために、最小限、キャップを握る力が10必要だとします。
握る力が5だったとしたら、手だけがツルツルと滑りキャップを回すことができません。
握る力が10であれば、手は滑らないかも知れませんが、キャップを回すことができません。
なぜかと言いますと、力をキャップを握ることに全集中させているためです。
これは、全力の力を出そうとすると人は全身の筋肉を緊張させる、すなわち、主動作筋も拮抗筋も同時に収縮させてしまうことを意味します。
そうなったら、キャップを回すという動作を行えなくなります。
ですが、握る力が100あったとしたら、どうでしょう。
キャップを回すために必要な力の10分の1ですみます。
それであれば、12ぐらいの力で握れば、残り88の力の余裕があります。
それであれば、全身の筋肉を緊張させる必要がないので、キャップを回すことに労力を割くことができます。
そう、力が強い人の方が上手に脱力することができるのです。
合気系武術の脱力技法
ということは、力が弱い人が強い人に敵わないという理由が見えてきます。
力で押し切られるから敵わないのではなく、拮抗筋を働かせずにすむから「力み」にくく、脱力した動作を行いやすいということです。
そうすれば、骨を動かす筋力も高めることができます。
では、合気系の武術で力の強い人に対して技をかけるのはインチキなのでしょうか?
基本的に、力の強い人に対して技をかけることはできません。
その理由は、力の強い人の方が脱力しやすく、重心を安定させやすいためです。
ですが、合気系の技にはカラクリがあります。
そのカラクリを使えば、力の強い人でも全力を出さなければなりません。
力の強い人を力ませる方法が、「崩し」なのです。
相手の重心を不安定にすることで、一瞬、全身が緊張し、硬直します。
そのタイミングを図って技をかければ、どんなに力が強くても、どんなに体重があっても技をかけることができます。
ただ、人は置物でないので、重心を崩すことは困難です。
特に力が強かったり、体重が重かったりすると、脱力しやすいので重心を崩すことは困難です。
そこで行うのが、内部感覚を用いた重心の崩しの技法です。
例えば、見かけが重そうな箱があったとします。
ですが、実際はとても軽い箱です。
それを持ち上げようとすると、大抵の人はバランスを崩してしまうでしょう。
なぜかと言いますと、見た目で重さを予測して、それに応じた筋出力を出そうとします。
それとは裏腹に、実際の箱はとても軽く、想定していたよりも力が必要なかったので、勢いがつきすぎてバランスを崩してしまいます。
このように、人はあらかじめ重さなどを予測して動作を行おうとしますが、その予測が外してしまうと簡単に体勢を崩してしまうのです。
このような原理を利用するのが、合気系武術の崩しの技法です。
合気系の技法で知られる合気上げは、掴まれている腕を意識せずに、その他の部位(例えば肘や肩甲骨)を動かすように意識することで行うことができます。
これは、掴んでいるところ以外が動くことで、掴んでいる人の予測が外れ、重心を維持できなくなり、体勢が崩れ、体を硬直させてしまうためです。
このように、力の予測が外れてしまえば、どんなに力が強くても、どんなに体重があっても簡単に体勢を崩し、体を硬直させることができます。(相手も技に慣れ、力の出どころが知れれば、通用しなくなりますが)
脱力系の技法が実用的ではない理由
ですが、このような合気系の崩しは、基本的に道場内でしか使うことができないでしょう。
なぜかと言いますと、これは内部感覚に依存する身体操作による技法だからです。
内部感覚に依存してしまうと、相手の動きに意識が向かなくなるため、予測外の動きに対応できなくなります。
このことが、内部感覚に依存する身体操作の大きな問題点です。
そうなると、力と体重の差が、強さの差という現実が浮き彫りになります。
中心力という考え方
基本的に、体の大きい人は、体重があり、力も強いです。
これは、体重を支えるために強い筋力を必要とするためです。
なので、体の小さい人が、体の大きな人に力で勝つことは難しいでしょう。
もちろん、体重や力だけが勝敗を決めるわけではないので、工夫次第では体の大きいな人に勝つことだってできるでしょう。
ですが、体の大きな人の方が優位であることには変わりありません。
だからと言って悲観することはありません。
体が小さくても、力を高めることができます。
それが、中心力です。
中心力が高まると、体が小さくても大きな力を出せるようになります。
とは言っても、神秘的な力ではありません。
中心力とは、背骨や肋骨など体の中心としたところから発する力のことです。
力なので筋力ですが、これは体の表面の筋肉の力ではなく、体の深部にある筋肉(インナーマッスル)の力です。
インナーマッスルは意識できないため、筋トレを行うことができません。
インナーマッスルを鍛えるためには、体幹の骨の動きを認識する必要があります。
なぜならば、インナーマッスルは骨の動きを司っているためです。
ですが、骨の動きを意識することは難しく、特に背骨や肋骨の動きは認識することは困難です。
なぜならば、体幹部(胴体)動きや感覚を司る脳の領域が狭いためです。
しかし、体幹部の脳の領域が全くないわけではありません。
ということは、背骨や肋骨などの動きを認識する力を鍛えることができれば、インナーマッスルを鍛えることができるようになると考えられます。
そして、背骨や肋骨の認識が鍛えられると、姿勢制御能力が高まり、重心を安定させることができます。
このことで、全身の骨のアライメントが整い、関節の動きが良くなり、筋肉の収縮力を骨を動かす力へと効率よく転化させることができるようになり、結果として筋力を高めることができるようになります。
これは、背骨や肋骨の認識を鍛えることでインナーマッスルが鍛えられて全身の骨の動きが良くなります。
そうすると、表面の筋肉(アウターマッスル)が効果的に使われるようになります。
中心力を鍛えるということは、ただインナーマッスルを鍛えるということではありません。
全身の骨と筋肉の連動力が高めることができるということです。
なので、中心力を鍛えることで力を強くできる可能性を秘めています。
ただ、中心力を意識的に鍛える方法が存在していませんでした。
中心力を鍛えるために必要なのが、脱力トレーニングなのです。