腹式呼吸という幻想(腹式呼吸と逆腹式呼吸)

一般的には、腹式呼吸は体に良いとか、声を出すときは必ず腹式呼吸で、などと言われています。

 

ですが、ここだけの話、腹式呼吸というものはありません。

 

なぜならば、呼吸はお腹で行うものではなく、肺に空気が出入りする現象だからです。

 

そうしたら、なぜ、腹式呼吸と言われるのでしょう?

息を吸う時、横隔膜という胸部と腹部を隔てる筋肉が腹腔の方に向かって収縮し、腹腔内の内臓がお腹の方に押し出されます。

 

この時に、お腹が膨れてお腹の筋肉が緩みます。

 

そして、息が出される時、横隔膜が胸腔の方に向かって弛緩すると同時に腹筋が収縮して腹腔内の内臓が胸腔の方に押し出すと言われています。

 

これが、一般的に言われている腹式呼吸の考え方です。


ですが、実際には、肺に空気が入らなければ呼吸はできません。

 

ここで、呼吸のメカニズムについて書きたいと思います。

 

なぜ、肺に空気が入るでしょうか?

 

肺に空気を入れるためには、必ず胸郭を広げて肺の気圧を陰圧にする必要があります。

 

ですので、胸郭を広げなければ肺に空気が入りません。

 

一般的には胸郭を広げる呼吸のことを胸式呼吸と言って悪い呼吸の代名詞のように言われていますが、実際には胸郭が呼吸を司っているのです。

ですので、腹式呼吸であっても必ず胸郭は動いていなければなりません。

 

実際には、腹式呼吸と言ってもおなかが動いているわけではなく、おなかが動いているのように見えているだけです。

 

そうしたら、どこが動いているのか?

 

おなかが動いているように見える時、実は、動いているのは背骨(腰椎)です。


腹式呼吸で深い呼吸ができるという人は、息を吸う時に腰椎の前弯が強くなり、この結果おなかが膨らむように見えるのです。

 

この時、胸郭の前面と側面が広がることで肺が陰圧になり、息が入ります。

ですが、この腹式呼吸、多くの日本人には向いていません。

 

なぜかと言いますと、日本人の多くは骨盤が後傾していて腰椎の前弯が少ないからです。

 

このような人が意図的に腹式呼吸を行おうとすると、おなかだけが膨らみ肝心の胸郭が広がらず肺に空気が多く入りません。

横隔膜が収縮しても腰椎の前弯が起こらないために胸郭が連動して広がらないためです。

 

さらに悪いことに、胸郭が広がらないので横隔膜によって腹腔に押し下げられた内臓が行き場を失って押し潰されてしまい、内臓に大きな負担がかかります。

 

このことで、体を支えるために重要な腹横筋がたるんでしまい、ぽっこりおなかになってしまいます。

 

そして、息が入らないのに多くの息を出そうとするため腹筋に力を入れて胸郭に強制的に横隔膜を押し出そうとします。


そうすると今度は、胸郭の中にある心臓を圧迫してしまいます。

 

通常の呼吸では息が出る時に全身が緩みやすいのですが、腹筋で強制的息を出そうとするので全身の緊張が解けず交感神経が優位に働いてしまいます。

 

深い呼吸を行う大きな目的は、自律神経のバランスを整えて精神の安定と内臓機能の活性化をはかることです。

 

ですが、多くの日本人にとって合わない腹式呼吸を行うことで、かえって自律神経のバランスを崩してしまって精神が不安定になり、内臓に負担をかけて内臓機能の低下を招く恐れがあるのです。

 

このような理由から、大田式調整動作®︎では腹式呼吸を推奨していません。

 

また、腹式呼吸の他に逆腹式呼吸というものがあります。

逆腹式呼吸

一般的にはあまり知られていないと思いますが、腹式呼吸の他に逆腹式呼吸というものがあります。

 

これは、腹式呼吸とは逆に息を吸う時におなか(下腹部)が凹み息を出す時におなかが膨らむ(戻る)という呼吸です。

 

これは、一見すると馴染みがないかもしれません。

 

ですが、日常生活の動作の中でよく行われています。

 

まず、腕を動かして行う時の深呼吸。

 

両腕を上げると息が吸われていると思いますが、この時、下腹部が凹んでいます。

 

あと、ズボンなどを履く時にウエストを締めようとする時。

 

この時、自然と息が吸われています。


これらのように、深く息を吸おうとする時、下腹部の必ず凹みます。

 

日本人の多くは骨盤が後傾していて腰椎の前弯が少ないので、大きく息を吸おうとすると自然に骨盤の後傾が強くなり、腰椎の前弯がなくなるように動いてしまい、おなかが凹むように見えます。

 

この時、横隔膜が収縮するのに合わせて骨盤の後傾と連動して胸郭の後面と側面が広がり、肺が陰圧になり深く息が入っていきます。

 

そして、息が出る時には横隔膜の弛緩するとともに骨盤の位置が戻り胸郭が縮み肺から息が出されて、おなかが膨らむように見えます。

 

このように考えると、多くの日本人は、骨盤が後傾気味になっているため深く呼吸を行おうとすると逆腹式呼吸の形になる人が多いと考えられます。

 

ただ、ここで誤解をしてほしくないことは、日本人だから逆腹式呼吸が正解で、腹式呼吸が悪いと言っているのではありません。

 

そもそも呼吸とは、胸郭を動かして肺を陰圧にする生理現象です。

 

なので、おなかの動きに意識を向けて行うべきものではありません。

 

もちろん、横隔膜によって内臓が押し下げられるのと、息が吸われる時に胸郭が広がる動きに合わせて骨盤が締まるように動くので結果的におなかも動きます。

 

呼吸は、おなかを動かすものではなく、結果的におなかが動くのです。

 

この原則は、腹式呼吸でも例外ではありません。

 

腹式呼吸でも息を深く吸う時には骨盤は締まります。

 

骨盤が締まることで、腰椎の前弯が強くなり胸郭が広がります。

 

この時、おへそより下が引っ込み、おなかがおへそからふくらむように動くように見えます。

 

骨盤が締まらないと腰椎の前弯が起こらないので、おへそから前にはいきません。

 

それに対して、不自然な腹式呼吸では下腹部からふくらみます。(これを丹田だと勘違いしている人は多いかもしれません)

このような不自然な腹式呼吸は、身体機能を低下させるばかりではなく、内臓を圧迫して身体をも壊してしまう危険性もあるのです。

 

理想を言えば、息を吸う時に骨盤が締まるだけで、骨盤の後傾や腰椎の前弯が起こりません。

 

なぜならば、この時に、胸郭が前後左右上下に広がるからです。

 

ただ、骨格の歪みは人それぞれ違います。

 

なので、骨格に合わせて自然に深い呼吸が行われることが現実的だと考えています。

 

しかし、骨格の捻れや前後左右の歪みが強いと内臓の逃げ場がなくなるため、歪みや捻れが少ないことに越したことはありません。

 

大田式調整動作では、呼吸法を行う前に骨格の歪みや捻れを整えることから始めております。

 

そうすることで、身体にやさしく、身体機能を高めるために効果的な呼吸法を習得することができるためです。